大阪・西成のあいりん地区で、生活に苦しむ人に、うどんを一杯無料で提供するうどん店があります。店主は元暴力団組員。なぜ無料うどんを始めたのか、そして来店する人たちの事情とは。

『食事に本当に困っておられる方 かけうどん一杯無料』

 大阪・西成。カウンターだけの小さなうどん店「淡路屋」。厨房に立つのは店主の大前孝志さん(48)。身長184cm、体重130kgの大前さんは、キンちゃんと呼ばれています。

 (客)「うまいっす」 
 (キンちゃん)「見た目怖い?」
 (客)「めっちゃ怖いです笑」

 (キンちゃん)「(漫画の)ビーバップ・ハイスクールの登場人物で大前均太郎っておったじゃないですか、体のデカい。同じ名字なんですよ。だからキンちゃんになったんです」
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 キンちゃんは西成でちょっとした有名人。プライベートの出来事を発信するYouTube「西成キンちゃんのワッショイTV」が人気を集めファンが全国から訪れます。
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 (客)「キンちゃんに会いたい、西成を見たいということで来ました。生キンちゃん初めてなんですよ」
 (客)「茨城県からです。感動しましたね。本当にいるんだみたいな」

 日雇い労働者の街には観光地の顔もあります。しかし生活に苦しむ人が多いことに変わりはありません。

 (客)「無職、無職。生活保護者や」
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 そんな西成に店を構えて7年になります。店の立て看板にはこう書かれています。

 『食事に本当に困っておられる方、どなた様に限らず、かけうどん一杯無料にて提供させて頂きます。お子様も御遠慮なく、お声かけください。淡路屋 店主』
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 一杯250円のかけうどん。新型コロナが世界を襲った2020年、客足が遠のき、余ったうどんを「捨てるくらいなら」という気持ちで始めました。

暴力団員だった過去 人生を変えたきっかけは…

 (キンちゃん)「ここらの人もお金ないから飯食えない。飯食えないからどないする。やっぱり犯罪、万引き、恐喝、そういったことになると思うんですよ」
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 こう話すキンちゃん。高校を中退してすぐに暴力団に入りました。20代半ばで暴力団を脱退しましたが、恐喝や覚せい剤を繰り返し服役したこともあります。

 (キンちゃん)「(Q覚せい剤は完全に断ち切れている?)難しいですよ。やっぱりね、ジャブとかそういうのは体が覚えているでしょ。だからいまでも僕ら酒飲んで飲み過ぎたら思い出すもんね」

 39歳から事情があってフィリピンで2年間生活。しかし、異国の地で食べることに困り、ホームレスになったこともありました。過ちを繰り返す人生。現地の人が手を差し伸べてくれたことで心が変わりました。

 (キンちゃん)「海外なんて誰も知り合いいないし、飯食えないじゃないですか。じゃあどないすんねんってなった時、恐喝みたいなことをやっていましたね。それに対して現地の女の人が『おなか減ってないか、ごはん食べや』って、あのひと言はいまでも忘れられないですよね」
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 帰国後、真面目に生きようと店を始めたキンちゃん。コロナ禍で客足が遠のき、余ったうどんを捨てていましたが、フィリピンで救われた経験を思い出して“無料うどん”を始めました。

 (キンちゃん)「おなかさえ満たされとって住むところあれば、犯罪って少なくなるんちゃうかなと思うんですよね。俺も腹減っていたからそういうことしていたし」

空腹に耐えられず店に 年金暮らしの女性

 年の瀬に1人で店に来た女性がいます。従業員の亜衣さんが優しく声をかけます。

 (亜衣さん)「きょうは無料のおうどん?」
 (客)「いいの?」
 (亜衣さん)「大丈夫よ」
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 (客)「すみません、いただきます」
 (キンちゃん)「いらっしゃい、こんにちは。いっぱい食べていってな」
 (客)「おいしいわ」
 (キンちゃん)「おいしい?よかったよかった」
 (客)「食べたいなと思ってここ通っているんやけどね、なかなか入られへんかった」
 (キンちゃん) 「声かけにくかった。遠慮せんと声かけてくれたらええで」
 (客)「ええの?」
 (キンちゃん)「かまへんかまへん」

 (客)「年金だけだから。家賃が4万7000円だけど2か月分払わないといけない。年金が2か月にいっぺんでしょ、9万4000円払っている」

 近くで一人で年金暮らしをする74歳の女性。空腹に耐えられず初めて店に入りました。年金は2か月分で13万円。家賃や光熱費を払うと残るのは2か月で3万円ほどです。

 (キンちゃん)「無理やでな」
 (客)「だからお米を買うのが精いっぱい。ごはんにみそ塗って食べてんねん」
 (キンちゃん)「ごはん食べるのはここで食べたらええからな。そのかわりうどんしか出ないで、ごめんやけど」
 (客)「それで十分や。本当にいい味している」

 久しぶりの温かい食べ物。ゆっくりと味わいます。

 (客)「西成の人は情があるもんな。みんなガラの悪いところと言うけどな。世話になってばかりではあかん。お返しもせなあかん」
 (キンちゃん)「お返しなんかいらん」

 キンちゃん、「いつでも食べにおいで」と声をかけ見送りました。

 (キンちゃん)「ちょっと話聞いたらつらいね。ただ単に横着して仕事していなくて生活保護を受けている、それで飯食えないからここで食べるという人もおれば、今みたいに過去に何かがあってこっちに逃げるように来た人もいる。『こんなおいしいの久々に食べたわ』と言われたら、ああうれしいって思う」

取引先からの未払いで経営が行き詰まり「所持金0円」

 (客)「会社経営しているんですけど、未払いで所持金0円の状態なので。(友達に)きょうもおごってもらっているんですよ」

 コンサルティング会社を営む男性。取引先からの支払いが滞り、経営が行き詰まりました。

 (客)「犯罪を犯したくなりますよ。本当にもう誰かが1万円落としていればすぐとりたい。実行しないのは理性があるからやと思うんです。でも理性が崩壊するまで貧困になってしまった場合には、もうやむを得ないと思う。僕も実感したので。大変なことは大変。どう生きていくか、僕自身が問われている」
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 絶望の淵に立った男性を見守る友人。

 (客の友人)「おなか膨らませないと、そら無理やろという。僕は無料うどんは知っているけど、ちゃんとお金払って食べようかなと思って、2人分払ったらええやんと思っているからさ。ほんまにその時は一人で来られたらええと思うし」

 西成に集まる人はそれぞれ事情を抱えています。

東京の職場でのパワハラで…逃げるように西成へ来た女性

 カウンターに若い女性が一人。無料のうどんを食べていました。33歳のアオイさん(仮名)。東京の飲食店で働いていましたが、上司からパワハラを受けて、数日前に逃げるように西成にやってきたといいます。

 (アオイさん)「すごく温かいものを久しぶりに食べました。食事はカツカツにしないと無理で、食べられても1日1食とか。西成だったら助けてくれる人がいるかもしれないと思って。うどん屋さんはグーグルで調べたんですよ。一か八かで行ってみようかと思って」

 所持金はごくわずか。スマートフォンのキャッシュレス決済に友人から送金をしてもらい、ネットカフェやゲストハウスに泊まっています。

 (アオイさん)「この世の中ってお金が必要じゃないですか、食べるにしても。お金がない自分たちにとっては、ああやって無料で提供してくださるのは本当にうれしいです」

 アオイさんは今後、大阪に住み、職に就こうと考えています。
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 (キンちゃん)「ほんまに何度も悪い事してきたので、どっかで何かで返せたらというか。それはただの自己満足なのかわからないけど。俺がここの店を元気にやっている限りはずっとやっていこうかなと思っている、無料をね」

 元暴力団員が提供する一杯のかけうどん、西成で生きる人たちの支えになっています。