建物火災の死因で最も多い「一酸化炭素中毒」。今の医療では治療薬はありません。しかし今、一酸化炭素中毒になった人の命を救うかもしれない研究をしている人がいます。まったく新しい方法で有毒ガスを“解毒”できるようになるかもしれない…世界初の物質を開発した教授に迫りました。

「火災ガス中毒の解毒剤として使えると考えている」同志社大教授が発見した“物質”

 紫色の物質が入ったフラスコでなにやら楽しそうに実験しているのは同志社大学の北岸宏亮教授(45)。この物質から世界初の画期的な治療薬が生まれるかもしれないというのです。

 (同志社大学 北岸宏亮教授)「ものをつくるのは燃えますね。新しいものをつくるとか、いっぱいつくるとか、単純にモノづくりなのでおもしろい」
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 (同志社大学・博士1年 中上敦貴さん)「なかなか僕らがやってもできないことが、先生がやるとすっとできてしまう。神の手みたいな」
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 学生が厚い信頼を寄せる北岸教授。実は、救命救急の医療を大きく進歩させるかもしれない“ある物質”を発見しました。その名は「hemo(ヘモ)CD」。
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 (北岸宏亮教授)「一酸化炭素やシアンガスといった毒ガスを強く吸着する性質があります。なので、体内に入れると毒ガス成分を吸着して、すべておしっこに出してくれると。そういう性質があって火災ガス中毒の解毒剤として使えると考えています」

 一酸化炭素中毒などの治療薬になる可能性がある物質を見つけたといいます。

 建物火災の死因で最も多いのが一酸化炭素中毒です。2021年12月に起きた北新地ビル放火殺人事件でも、亡くなった26人全員が一酸化炭素中毒でした。北岸教授はこの事件のニュースを複雑な思いで見ていました。

 (北岸宏亮教授)「一酸化炭素中毒の解毒剤としてうまく機能することがわかったときに北新地ビル放火事件があって、このときは本当に悔しかったです」
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 人は呼吸で酸素を取り込み、血液が全身に酸素を運びます。火災などで一酸化炭素中毒になると酸素が体に取り込めなくなり、酸欠状態に。濃度が高いと数分から数十分で死に至る場合もありますが、今の医療では治療薬はありません。

体内の一酸化炭素と結びつき尿として排出

 そんな中、北岸教授らが開発した「hemoCD」は一酸化炭素中毒の治療に効果が期待できるというのです。血液中のヘモグロビンと似た働きをすることから、そう名付けられました。

 「hemoCD」の仕組みはこうです。通常、血液中のヘモグロビンが酸素を体中に運んでいますが、一酸化炭素は酸素よりもヘモグロビンと結びつきやすく酸素を体に運べなくなります。「hemoCD」は一酸化炭素と非常に結びつきやすい性質があり、体から一酸化炭素を取り除いて尿として排出してくれるといいます。
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 「hemoCD」の効果は実験でも実証されています。一酸化炭素などの中毒状態になったマウスに「hemoCD」を注射します。最初は動くこともできずぐったりとした状態ですが、約30分後、マウスが動き始める様子が確認できました。さらに約2時間後にはマウスの尿から注射した量の「hemoCD」がすべて排出されていて、体内に薬品が残らないということもわかりました。

きっかけは“実験の失敗” 「知ってるものより赤いなと思って調べたら…」

 火災の現場で多くの人の命を救うかもしれない「hemoCD」。実は、北岸教授が“楽しい”と日々取り組んでいた実験の失敗から生まれたものでした。もともと人工血液をつくる研究をしていた北岸教授。実験でマウスに投与すると、すぐに尿としてすべて排出されてしまいました。

 (北岸宏亮教授)「人工血液として使いたいときに尿から全部出てくるというのはネガティブな情報でしかないわけで、非常にがっかりしたわけですね」

 ただ、長年実験に向き合ってきた経験と観察眼がわずかな変化を見逃しませんでした。
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 (北岸宏亮教授)「ボーっと見ていたら、なんかちょっと赤いんですよね。いつも知ってるものより赤いなと思って、せっかくやしこの尿をちょっと調べてみようかなって調べたら、一酸化炭素が結合していたということがわかったんです」

家では子どもたちと一緒に勉強する“熱血パパ”

 大学で研究に熱中する北岸教授。家に帰ってからも子どもと一緒に勉強に取り組む熱血パパです。この日は、高校生の娘の発表練習を見てあげていました。1月には息子の中学受験があり、毎日一緒に勉強して無事合格したといいます。
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 (娘)「(Q発表の時はよくお父さんに聞いてもらう?)スライド発表とかめっちゃ聞きたがるから。(Q夢は?)お父さんが勉強教えるのが得意やから、お父さんみたいに他の人にもわかりやすく教えられたらいいなと」

 わが子の学びにも熱く向き合う父の姿は子どもたちの憧れです。

「実用化されれば心強い」医療現場の声

 2月2日、北岸教授は大阪大学医学部附属病院の高度救命救急センターを訪れていました。研究室で発見された「hemoCD」はすぐに現場で薬として使われるわけではありません。実用化に向けて現場の医師の声を聞きに来ていたのです。
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 高度救命救急センターの米田和弘医師は、これまで火災による患者を多く診てきた経験があります。火災で多くの人を死に至らしめる一酸化炭素中毒。現代の医療では治療に課題があるといいます。

 (米田和弘医師)「基本的にできることは、一酸化炭素中毒に限ってでいうと、酸素投与しか現状、治療法がない」

 多くの酸素を投与して一酸化炭素が抜けていくのを待つ処置しかできず、どれだけ早く対応できるかがカギになるといいます。
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 そこで向かったのは、医師が最も現場の近くまで行くことができるドクターヘリ。

 (北岸教授)「(ヘリの中は)狭いですね」
 (米田医師)「めちゃくちゃ狭いです。見てもらったらわかる通り、中で処置するのは不可能に近いんですよね。一酸化炭素中毒という話になると、現場から病院に連れてくるまでにできることは酸素投与しかないので、現状では酸素投与をしながら」

 限られたスペースしかないヘリの中で「hemoCD」があれば注射だけで治療ができるため、北岸教授も手ごたえを感じていました。

 (米田医師)「薬(hemoCD)も現場にありさえすればもちろん打てますので、実用化されればそんな心強いことはないかなと」
 (北岸教授)「そういっていただけるとモチベーション上がるので、ありがとうございます」

「薬のポテンシャルが続く限りは絶対実装まで持っていきたい」

 同志社大学の研究室では今、実用化に向けて純度を高め、しかも安くつくるための研究が進められています。まだ誰も見たことのない、世界で初めての発見を研究室の片隅で実感する。それこそが研究者の醍醐味だという北岸教授。「hemoCD」が社会の役に立つ日を夢見てきょうも白衣をまといます。
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 (北岸宏亮教授)「実験者として確信を持ってるわけですけども、やっぱりどこかでつまずく可能性があるわけですね。重大な副作用があったとか、それだともう諦めざるを得ないんですけども、薬のポテンシャルが続く限りは僕も絶対実装まで持っていこうと思っています」
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