世界農業遺産のシンボルである石川県輪島市の『白米千枚田』。今この場所はどのようになっているのでしょうか。千枚田に関わり18年になるという男性を取材しました。

観光名所『白米千枚田』は道路が寸断され孤立状態に

 (山中真アナウンサーリポート 2月5日)「輪島市内から千枚田への道路、通れるようになったということなんですが、今は片側通行になっていますし、左側にある道路はごそっと陥没していますね」
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 去年11月にMBSが取材で訪れた「白米千枚田」。日本海に面して小さな田んぼが階段のように海岸まで続く絶景は国の名勝に指定され、奥能登を代表する観光スポットです。

 元日の地震発生時も約50人の観光客が訪れていましたが、土砂崩れなどで道路が寸断されてしまったため、4日後にヘリコプターで救出されるまで孤立状態が続きました。そのとき炊き出しなどを行っていたのが千枚田に隣接する道の駅「千枚田ポケットパーク」でした。
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 千枚田の耕作ボランティア「白米千枚田愛耕会」の副代表で道の駅を運営している出口彌祐さん(77)。出口さんは現在、金沢市内の避難所に避難していますが、道の駅の片付けなどのために片道4時間かけて千枚田まで来ているといいます。店の中を見せてもらいました。
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 (出口彌祐さん)「(Q布団が置いてありますね?)うちら従業員が用事でやってきてどうしても帰れないときはここで一泊する。避難所代わりですから。(Q建物としては大丈夫だった?)建物はこれだけの骨組みになっていたから良かったみたいです」

 しかし、レストランの厨房などは冷蔵庫や調理器具などが散乱。揺れの激しさを物語っています。

田んぼのほとんどに亀裂「どうやって直すか、直せるかもわからない」

 地震の爪痕は建物の外にも。建物の周辺には大きな亀裂ができていました。そして海側の駐車場の地面には亀裂が入っています。地面の一部は大きく陥没して、停めていた車がすっぽりとはまってしまった状態になっています。
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 陥没や亀裂は白米千枚田でも。

 (出口彌祐さん)「ここいっぱい割れ目があるじゃないですか」
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 程度の差はありますが、1004枚ある田んぼ、そのほとんどに亀裂が入っていました。

 (出口彌祐さん)「これはひどいわ。思った以上にひどい。私も今初めて見たけど簡単には直せないですよ、これ。(Q地震以来ここに来るのは?)今日初めて」

 千枚田に関わり18年になるという出口さん。この日初めて目にした光景に落胆を隠しきれません。

 (出口彌祐さん)「(Q水をはろうとするとどうなる?)だめです。おそらく水が溜まらないです。この割れ目を全部直さないとだめです。(Q亀裂に水が入ってしまう?)そうです。これもう相当ひどいので、どうやって直すか、直せるかどうかもわからないですよ」

亡くなった妻と長男 遺体発見は地震発生から16日目

 大切に守り続けてきた千枚田。出口さんはこの田んぼで共に米作りに励んでいた妻・正子さん(75)、そして長男・博文さん(49)を地震で亡くしました。

 家族団らんで過ごすはずだった正月に変わり果ててしまった自宅。道路が寸断され、重機を使うことができず、捜索は難航しました。自宅にいた妻と長男、ようやくふたりの遺体が発見されたのは地震発生から16日目でした。

 (出口彌祐さん)「苦しかったなというのが本音ですけどね。助けられなかったかとかいろんな感情がやっぱりあります。仕方ないですよね、諦めもしなきゃいけないだろうし」

 毎年、正月は長男と次男が里帰りして家族4人で過ごしていましたが、自宅に妻と長男を残して市内のバス停まで次男を車で迎えに行った帰りに激しい揺れに襲われました。

 (出口彌祐さん)「国道の海岸に近いところまで行ったんですわ。そしたら崖崩れが起きていて通れなくなった」
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 自宅へ続く国道は土砂で寸断。山道を歩いて自宅へと向かいました。すると…。

 (出口彌祐さん)「いつも渋田町(山道)の方から行くとわたしの家が見えるんですけど、そこが山になって全然見えないんですよ。山で押しつぶされて屋根の一部が国道のところまでがーっと出てました。(Q奥さんと長男さんは?)そこらじゅう探してみたんだけど、そんな形跡全然ないし」

 地区全体が孤立状態となり、数日後にようやく救助活動が始まりましたが、思うようには進みませんでした。

 (出口彌祐さん)「どうしても大型の重機じゃないといけないということで、もうどうしようもなくて待っていました。ジリジリジリジリと日が経つし。(Q見つかったのは?)1月16日ですね。なんか後悔やら早く見つけてほしいのやら…実感がなかなかでてこないというか」

「千枚田が生きがいみたいなところがあるので関わっていきたい」

 遺体の損傷が激しかったため、DNA鑑定で妻と長男であることが確認され、火葬することできたのは地震から1か月以上経った2月3日でした。

 (出口彌祐さん)「待つのは長かったけど1か月もう経ったのかなって。いろいろね、複雑ですね」

 現在、出口さんは金沢市の避難所に2次避難をしていますが、なるべく早く輪島に戻りたいと話します。

 (出口彌祐さん)「できるだけ輪島に拠点を持ちたいと思っているんですよ。輪島に拠点を持って、千枚田にこれからも、せっかくやってきたので愛着もあるし、生きがいみたいなところがあるので関わっていきたいなと」

火災で焼けてしまった朝市の露店でも動き

 前を向き進み始めたのは出口さんだけではありません。焼け跡で台車を探していたのは朝市に露店を出し海産物を販売していた道下睦美さん(57)。
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 去年11月、朝市を取材した際には自家製の立派なタコの干物を紹介してくれました。

 (道下睦美さん)「ここが私のお店。こんな姿になりました」

 火災で多くの店舗が焼失した朝市。道下さんの露店も焼けてしまいましたが、市の中心部から車で10分離れた自宅と作業場は大きな被害を免れました。作業場には去年取材したときに見たタコの干物がありました。

 (道下睦美さん)「これは製品になってまだ朝市に持って行ってないやつだったので。(Qお店さえ出せればまた商売を始められる?)そうですね、屋台も燃えちゃったんであれですけど、復活となったら屋台つくってまたタコやりたいです」

金沢で出張朝市を開催へ「朝市の火を消さないように」

 2月6日、道下さんの姿は金沢にありました。商工振興会などが立ち上げた会合に参加して、40店舗の露店が出店する「出張朝市」を3月23日に金沢市で開くことを決めました。朝市通りでの営業再開の見通しが立たない今、出張朝市で生計を立てながら、再び輪島の地で営業再開を目指すといいます。

 (道下睦美さん)「とりあえずこっちの朝市が復活するまで、朝市の火を消さないように。また来てください。新しい朝市も金沢の朝市も遊びに来てください」