事務次官経験者が法廷に立つ異例の展開です。2020年に東京高等検察庁・黒川弘務検事長(当時)の“定年を延長”した閣議決定をめぐり、大学教授の男性が国に対し、法務省内の関連文書を開示するよう求めている裁判。大阪地裁で12月1日、当時の法務省の事務次官の証人尋問が行われました。

退官迫った東京高検検事長「法解釈変更」で“定年延長”を閣議決定

2020年1月31日、当時の安倍晋三政権は、東京高検の黒川弘務検事長の勤務を、同年8月まで延長することを閣議決定しました。

黒川氏は当時62歳。約1週間後の2月8日に63歳の誕生日が迫っていました。当時の「検察庁法」では検察官の定年について、検察トップである検事総長を除き、63歳と定められていました。

しかし、安倍内閣は「検察庁法」ではなく、退職により著しい支障が出る場合に、特例で公務員の勤務延長を認める「国家公務員法」の条文を適用し、退官を目前に控えた黒川氏の”定年延長”を決めました。

それまでの政府の法解釈は「国家公務員法」の勤務延長の規定は、検察官には適用されないというものでした。しかし、安倍内閣はその解釈を変更した形となりました。

当時、この判断は恣意的な解釈ではないかと大きく物議を醸し、”政権に近い黒川氏を検事総長に据えたいからではないか”という憶測まで呼びました。

最終的に黒川氏は、新型コロナの緊急事態宣言が出ていた最中に、新聞記者らと”賭けマージャン”をした問題で、2020年5月に東京高検検事長を辞任。その後、東京簡裁から、罰金20万円の略式命令を受けました。

”政府内の意思決定のプロセスを知りたい” 文書開示を求めるも…

神戸学院大学の上脇博之教授は、「当時の政府内の意思決定の過程を知りたい」と、黒川氏の“定年延長”をめぐる法解釈の検討や決裁などの関連文書を、法務省に開示するよう求めました。

しかし、法務省は2021年11月、上脇氏が開示請求した文書のほとんどについて、「いずれも作成していない」として、不開示決定を行いました。

上脇氏は「公文書管理法の規定などからも、作成していないことはありえない」として、不開示決定の取消を求めて、大阪地裁で裁判を起こしています。

当時の法務省・事務次官の証人尋問を請求

上脇氏側は裁判の中で、当時の法務省の事務次官だった辻裕教氏(前・仙台高検検事長 現在は弁護士)の証人尋問を請求。

大阪地裁側は国に、”法務次官の尋問は必須とは考えないが、代わりの証人を提示するべき”と国側に提案したものの、国が”辻氏も代わりの証人も、尋問の必要性はない”としたため、裁判所は辻氏を証人として呼ぶことを決定しました。

国側は裁判で「当時の法解釈変更は、黒川氏の勤務を延長するためではなかった=上脇氏が開示を求めているような文書は存在しない」と主張しています。

辻氏「黒川氏のために延長はしていない」

12月1日の裁判で辻氏が国側の証人として出廷。国側の尋問から始まり、定年延長の解釈を変えた理由について「法務省刑事局の総務課の担当者から『社会情勢の変化に伴って、犯罪の捜査も複雑化しているため、業務に支障をきたす場合があるため必要がある』と報告を受けた」と説明。これを辻氏は了承。その後、当時の森雅子法務大臣にも報告を受けた内容を話し了解を得たと話しました。

尋問の終盤、国側のから「黒川氏のために法解釈を変更したか」と質問され、辻氏は「いえ、そのようなことはない」と間を置かずに答えました。

次に原告・上脇氏の代理人からの尋問が始まった。改めて上脇氏側が解釈を変更した理由を問いました。

上脇氏側「約40年維持した解釈がわずか2か月で変更されたのは何が理由ですか?」
辻氏「実質的な理由は、社会情勢に伴い捜査手法などが変わったことから変更した」「これまで特段議論はされておらず、改めて考えると必要と思った」

そして、黒川氏の退職時期は解釈変更時には「認識していた」と話したうえで、上脇氏側から黒川氏の勤務延長を検討した時期について聞かれると「職務上秘密にあたる」として回答を差し控えました。

さらに、上脇氏側が「『解釈変更は黒川さんのためでない』というなら一般の検察官にも周知したのか?」と問い詰めると、辻氏は「していません」と答えました。

裁判長「延長は退職のためだと見えなくはないがどう思う?」

弁論の最後、裁判長が辻氏にこう質問しました。

裁判長「第三者的にみると黒川さんの定年退職に間に合わせるようにしたと見えなくはないが、そういった見方についてはどう思うか」

辻氏「特定の検察官のためではない。そういう事実関係はない」

辻は裁判長を見ながらはっきりと答えました。

原告「どう考えても黒川さんのためとしか言いようがない」

裁判後に原告の上脇教授は会見で次のように話した。

(上脇氏)「無理な解釈をして、勤務延長を決めたこと自体が、法律学ではもう信じられないっていうのが第一点です。第2に、40年続、ほぼ確立している解釈を変えといてこれが全国の北海道から沖縄までの検察官に適用できるというふうに決めたんですよね。だったら定年間際の人に解釈適用される可能性が出てきたわけだから、周知しないといけない。全国に周知したら黒川さん以外の可能性があった。周知してないのでほかの検察はしらない。黒川さんのことを知って全国の検察官は知ったと思う。真当な手続きとはいえない。どう考えても黒川さんのためとしか言いようがない」

今後の審理について、国側は「今回の証人尋問を踏まえどのような手続きや申し立てをするのかはこれから検討する」としています。

次回はの弁論は、来年2月に行われる予定です。