海難救助の先鋭部隊「機動救難士」。その数は全国でわずか90人しかおらず、海上保安官の1%以下だ。今回、その部隊に今年4月に配属された若き新人隊員に密着。過酷な訓練の中で成長する様子を追った。

別名「空飛ぶ海猿」…先鋭部隊に配属された若き研修隊員

 今年8月、和歌山県沖で貨物船同士の衝突事故が発生した。転覆した船の乗員のうち3人が海上保安庁のヘリコプターによって救出された。
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 ロープを使って船に降り、救助活動にあたったのが「機動救難士」、別名“空飛ぶ海猿”だ。関西空港島にある海上保安庁の航空基地に機動救難士の部隊はある。
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 メンバーは9人。オレンジ色の制服が彼らのトレードマークだが、1人だけ青い服の隊員がいる。赤松翼さん(28)、今年4月にこの部隊に配属されたばかりで研修中の新人だ。
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 (赤松翼さん)「人の救助をしたいというのが一番強かったです。ヘリで現場に向かう迅速性、要救助者を助けられる可能性が高いと思うので、そういうところが機動救難士になりたいという理由です」

 機動救難士は全国でわずか90人。海上保安官の1%以下という狭き門だ。
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 【訓練の様子】
 (赤松さん)「ロックよし、ピンよし、カラビナ安全環よし」

 赤松さんがまず覚えないといけないのが、ロープを手で操る「リぺリング降下」だ。手や体の摩擦でロープの滑り具合を調整することで、不安定な船の上にもタイミングを合わせて素早く降りることができる。一方で、手順を間違えれば落下の危険性もあるため、繰り返し体に覚えこませる。
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 (機動救難士7年目・教育担当 小池邦彦さん)「基礎の基礎ですね。ロープが手から抜けてしまうと自由落下になって高所から地面に打ち付けられることになるので、それだけは避けたい」
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 この日は、赤松さんが実際にヘリから降下する訓練が行われた。防波堤に釣り人が取り残されているという想定で、赤松さんはヘリを離れるタイミングを見計らい、目標に向かって慎重に降りていく。

 (小池さん)「降りだして、いい具合のところを見計らって降りている。あれでいいと思うから良かった」
 (赤松さん)「安全確認も最初に比べると見えてきているのかなというところと、降下も落ち着いてできているのかなと思っています」

愛妻弁当で英気を養う赤松さん

 体づくりは食から。ランチタイムは思い思いのメニューで英気を養う。

 (機動救難士3年目 渡辺一裕さん)「チキンが主食といっても過言ではないぐらい、毎日食べています」
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 (機動救難士4年目 田中靖彬さん)「オートミールを湯がきまして、その上に豆腐と納豆と卵ときょうは味噌を入れてみました」
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 (赤松翼さん)「すごいですよね。そういうところも見習っていかないといけないですね」

 赤松さんは酢豚弁当だ。

 (赤松翼さん)「僕はこういうご飯が好きです。(Q奥さんの弁当ですか?)そうです。作り置きしてくれる」

 妻と3歳の娘がいるが、平日は家族と離れて宿舎に泊まり、訓練に打ち込んでいる。

高難易度の「船への降下訓練」…教育担当『彼は個人での努力は相当している』

 密着取材中に救助の要請が入った。和歌山県沖を航行中の船で急病人が発生したという。

 (機長)「関空から120マイル圏内に入ってきました。ダイレクト山越えで行ってピックアップ」
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 まだ研修中の赤松さんは、基地に残る。

 (赤松翼さん)「やっぱり自分も出動したいなという気持ちはあります。日々の訓練にプラスアルファで、こういう事案でも自分で考える力が大事だと思っています」
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 9月中旬、赤松さんたちは大阪湾の中心部にいた。非常に難易度が高い“船への降下訓練”を行うためだ。
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 赤松さんのロープを握る手に力が入る。そして...ヘリからスムーズに降下できた。しかし…

 (上官)「きょうは柵が開いてるけど開いてないイメージで。柵を越えてくるイメージで降りてくる。もうちょっと角度つけて」

 低い位置から船に進入してしまったため、もし柵がある場所だったら衝突していた。
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 訓練の後は必ず映像を見返す。指摘されたことはもう絶対に繰り返さない。

 (赤松翼さん)「課題も見つかったので、ひとつひとつ課題をつぶして一人前になれるように今後も頑張っていきたいと思います」
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 (機動救難士7年目・教育担当 小池邦彦さん)「今まで自分が磨いてきたものを救助に落とし込んでいく段階かなと思います。『一生懸命やってます』とか『やりたいです』とかあんまり見せないですけど、たぶん個人での努力は相当しているんだろうなというのはわかります」

最後の訓練は“強い精神力”が試される「100km行軍」

 10月中旬、半年間の研修の集大成となる訓練が行われた。和歌山県の日高町から関空の対岸までの100kmを24時間以内に自力で移動する“100km行軍”だ。

 (赤松翼さん)「きのうの昼の12時から歩いているので、いまで16時間。(あしが)結構痛いです。全体的にきていますね」
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 技術や体力に加えて、機動救難士として最も必要なもの『決して諦めない強い精神力』が試されている。これを乗り越えれば一人前として認められてオレンジ服が与えられる。
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 赤松さんは19時間30分でゴール、見事合格だ。妻と娘も内緒で駆け付けた。
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 (妻・裕美さん)「本人がやりたいというのであれば全力で応援するだけです。みなさんが支えてくださっていると思うので、安心して頑張ってきてほしいなと思います」
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 10月20日、赤松さんに待望のオレンジ服が手渡された。まっさらの制服に袖を通し、機動救難士としての決意を新たにする。

 (赤松翼さん)「不安な思いもあったんですけど、素晴らしい先輩たちと訓練ができて、いろんなことを教えてもらって。これからは一緒に隊員として行動していくので、恩返しというか一緒に行動しやすい信頼できる機動救難士になりたいと思います」