フリーペーパー『西成取扱説明書』。大阪市西成区にあるパチンコ店が作っていて、これまでに「飲食店編」「古着屋編」「銭湯編」の3冊が発行され、地元の人が表紙を飾っています。そんな中、今年11月に第4弾が発行されました。テーマは「生活保護」。その製作過程と“作り手の思い”を取材しました。

“街のリアル”を知ってほしい…注目集める「西成取扱説明書」

 大阪市西成区。その中でも「労働者の街」と称されてきた釜ヶ崎のパチンコ店でいま、にわかに注目を集めているフリーペーパーがあります。
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 その名も『西成取扱説明書』。去年4月の「飲食店編」を皮切りに、「古着屋編」「銭湯編」と、これまでに3冊発行。パチンコ店内でのべ5000部以上が配布されたといいます。
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 この雑誌を立ち上げたのが、パチンコ店で働く神谷純平さんです。

 (株式会社日大 神谷純平さん)「集客の新しい形といいますか、我々がコンセプトに掲げている“街づくり”という一つのテーマがありますので、それに沿った形で何かできることはないかとスタートさせたというのがきっかけですね」

 「店の集客」と「街づくり」をかけ合わせて思いついたという「取扱説明書」。その特徴は、地元との関係値があったからこそ取材できた西成の今の姿です。

 (神谷純平さん)「近くで生活している方、そういった方々を知っていただきたいというか。ありのままをそのまま出していきたい。良くも悪くもですね」

『今回は人にフォーカスしたい』第4弾のテーマは「生活保護」

 今年6月はじめ、神谷さんらパチンコ店の従業員やグループ会社のスタッフらが集まり、ミーティングが行われていました。議題は約半年ぶりとなる新刊の内容について。そのテーマが…
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 (神谷さん)「次は人というものにフォーカスしながら進めていこうかと」
 (スタッフ)「『人編』ってそんなに惹かれるのかなというのを思ったから、もう一つメインテーマがあってもいいんじゃないかと」
 (スタッフ)「生活保護の受給者に聞いてみた。12万円の使い道みたいなのをインタビューしたいですね」
 (神谷さん)「テーマはそれでいこう、『生活保護編』」
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 会議の結果、第4弾のテーマは「生活保護」に決定。受給者5人を目標にインタビュー取材を行い、8月末の発行を目指します。

 (神谷純平さん)「まさかの『こっちに行くか』というような方向だったので、楽しみでもあるし怖さもあるし、いろんな意味のドキドキがあるなという感じなんですけど」

 第4弾の製作に向け、いよいよ本格始動です。

話してくれるか…生活保護の受給者へインタビュー

 7月上旬、生活保護受給者への初取材の日を迎えました。

 (神谷純平さん)「(Q緊張感は?)ありますね。今までと全然違いますね。テーマがテーマなので、いろんな意味で緊張はしていますけど」
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 お昼時ということで、この日の取材はお弁当を食べながら。緊張が少しでも和らぐよう雰囲気づくりも心がけます。

 (神谷さん)「ここに住まれて長いんですか?」
 (本多さん)「3年くらいかな」

 今年の春まで介護の仕事をしていたという本多さん(60代)。体力的にしんどくなったことから退職し、現在、生活保護を受けているといいます。
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 本題となる「生活保護」について詳しく聞こうとしますが…

 (スタッフ)「生活保護の使い道は決められているんですか?」
 (本多さん)「うん。家賃と医療費」
 (神谷さん)「(生活保護受給について)自分の中で引っかかるみたいなのはあったんですか?」
 (本多さん)「でしょうね」
 (スタッフ)「不満なく生活保護を受け入れてストレスフリーで生きている印象を受けるんですけど…」
 (本多さん)「いろいろあるけどね」

 柔らかい口調ながらも、あまり多くを語ろうとはしませんでした。
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 (スタッフ)「たぶん過去のことは言いたくないと思うから、これ以上は聞かないという感じで」
 (神谷さん)「言いたくないことはあるけど、そこは言わんと何とか答えようとしてくれているから、考えてくれているんかなって」
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 一方、過去について赤裸々に話してくれたのは、飲食店で働く20代のタクヤさん(仮名)。過去に罪を犯して逮捕され、出所後、生活費や住む家がなかったことから、悩んだ末に生活保護の受給を決断したといいます。
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 (タクヤさん)「周りからどう見られるかが一番大きかったのと、働けるのに受給してもいいものかと悩んだ」
  (スタッフ)「生活保護を受けて変わったことは?」
 (タクヤさん)「自立するために必要なら受けるべきなんだなと。それでちゃんと自立したら、言い方が難しいが、問題ないというふうに考え方が変わったかなと」

迫る発行予定日 「街頭アンケート」で取材を進めることに

 しかし、難しいテーマなだけに取材には大きな壁が立ちはだかりました。

 (スタッフ)「8月31日に発行したいというところで動いてきましたが、予定に間に合わない可能性があるなという中で、どうしましょうか」

 目標の取材人数5人に対し、8月上旬時点で取材を受けてくれたのはわずか2人。そのため、誌面の内容や発行日の大きな見直しが迫られたのです。
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 そもそものテーマの変更も懸念される中、悩んだ末に出された策が「街頭アンケート」です。釜ヶ崎にいる20人に声をかけ、生活保護に対するイメージを聞き取って回答者の写真とともに掲載する形としました。
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 (未受給者)「(制度を)みんな使ってもらって構わないし、それに対して卑下する必要はないけど、(受給者には)税金を払っている人には少しだけ感謝してほしい」
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 (受給者)「いま生活保護をもらって生活している。充実しているというか、幸せだと今は思いますね。感謝してます」
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 (神谷純平さん)「生半可な覚悟でこの難しいテーマに入ろうかと言ったわけでもないので、やりだして難しいから『じゃあテーマを変えましょう』というのは避けたいですね」

「西成」という街にある“人間味・生きる強さ”

 しかしなぜ、これほどまで労力を割いて「取扱説明書」に力を注ぐのか。そこにあるのは、西成という街に対する神谷さんの強い思いです。

 (神谷純平さん)「すごく人間味あふれるといいますか、生きる強さといいますか、目で見て肌で感じて思う印象はイメージと全然違いましたね。いろんなイメージがこの街にはあると思うんですけども、実はそうじゃないんだなとか、1回自分の目で見てみたいなとか、そういうふうに思っていただけるような。そういうところのメッセージ性というのはやっぱり変えたくなかったというのはずっとあるので」
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 「西成に対する先入観を変えたい」。取扱説明書に込められたその思いに、地元の人たちも関心を寄せています。

 (うどん店のオーナー)「西成の萩之茶屋、あいりん地区というんですかね、街のイメージを良くしようと思ってくれているのがうれしい」
 (喫茶店の店主)「ありがたいことですね。実際にこの街もイメージが変わってきました」
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 地元の期待を背負う「取扱説明書」の第4弾。街頭取材を終えると、それぞれが聞いた内容が集約され、製本に向けたレイアウト作業が急ピッチで進められました。
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 そして11月2日。企画段階から5か月を経て、ついに完成です。
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 (神谷さん)「ようやくやで。(この写真)めっちゃええ顔してるやん」
 (スタッフ)「ナイスショット」
 (スタッフ)「初めて全員で取り組んでいった企画やったんちゃうかな」
 (神谷さん)「これ(表紙)やばいですね、めっちゃ気に入ってます。第10弾くらいで自分も出てみたいなって、ここに」
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 地元に寄り添いさまざまな視点から街を紹介する「西成取扱説明書」。西成の新たな一面を発見できるかもしれません。