新しい書店のかたち「シェア型書店」。料金を支払うことで書店の一区画を借りることができて、そこに自分が勧めたい本や手作りの本を置いて販売することができます。どんな人たちが、どんな思いで、どんな本をシェアしているのか。大阪府堺市にある書店を取材しました。

本を通じて“自分の思い”を共有したい…注目される「シェア型書店」

 大阪府堺市堺区にある書店「HONBAKO」。壁一面に広がっているのは大きな本棚。その一つ一つが小さな箱になっています。普通の書店とは少し違うというこちらの書店、その特徴は…
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 (HONBAKO 中道尚美店長)「『シェア型書店』という本屋さんになっていまして。30cm四方の本箱それぞれに借りてくださってる人がいる」
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 シェア型書店は一定の料金で本棚を貸し出す書店のことで、『HONBAKO』では棚の位置によって月額1650円~3850円です。30cm四方に区切られたスペースの一つ一つは「本箱」、本箱を借りた人は「箱主さん」と呼ばれます。108個全ての本箱が埋まっていて、箱主が自身の本箱で中古の本や自分で作った本を好きな価格で販売しています。
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 猫好きの箱主が「猫の本」ばかり置いた本箱や、仏教をもっと身近にとお坊さんの箱主が自ら書いた「仏教の解説書」を置いた本箱もあります。
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 (HONBAKO 中道尚美店長)「こちらの箱主さんは愛知県に住んでいる設計士さんなんです。ご自身がすごく影響を受けた本を皆さんと共有したいということで、この1冊だけ『売らない』というかたちでこの本箱に置かれている」

 自分の大切な本を手放すことはできないけれど誰かと共有したいと、非売品として本を置く箱主もいます。
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 小さな本屋さんが集まった新しいかたちの書店。本を探しに来た利用客は。

 (利用客)「この人が勧めるものならこれも読んでみようとか、選びやすい。安心感とか信頼感みたいなものがある」

『母が作ってくれた思い出のお菓子』そのレシピを題材にした小説

 堺市内に住む岩内真理子さんは今年7月から箱主をしています。

 (中道さん)「今回はどんなテーマですか?」
 (岩内さん)「今回は『プリンとコーヒーゼリー』で」
 (中道さん)「いいですね」
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 岩内さんがお店に持ってきたのは本の表紙。書かれているのは「プリン」の文字です。さらに、岩内さんが自身の本箱から取り出した他の本には「怪盗マドレーヌ」と書かれていて、どうやらこちらもお菓子の話のよう。これらは岩内さんが自分で書いた本です。いったいなぜお菓子がテーマの本を置いているのでしょう。
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 (岩内真理子さん)「こんな感じのレシピなんですけれども。マドレーヌの母のレシピなんですけれども」

 岩内さんが自宅で取り出したのはお菓子のレシピ。料理好きな岩内さんのお母さんが考えたもので、ドーナツやサブレなど幼いころによく食べた思い出の味だといいます。
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 (岩内真理子さん)「こういう感じの母のメモが、作るたびにバラバラと紙で書いてあって、このままだと母しか解読できないし、母がいなくなったら復活させることができないので」

 お母さんのレシピを形にして残そうと決めた岩内さん。せっかくなら誰かに楽しんでもらおうと、レシピを題材にした小説を書き、本箱に置くことにしたのです。
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 岩内さんの挑戦に、娘の透子さん(14)と朔子さん(11)は。

 (透子さん)「お母さんがおばあちゃんから教えてもらって、また私たちに教えてくれたら、この味をずっと食べられるので教えてくれたらうれしいです。(Q作ってみようかなと思う?)めんどくさがりなので作るかはわからないです」
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 本を作るのが夢だったという岩内さん。針と糸を使って一つ一つ手作業で思いを込めて作ります。
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 岩内さんが完成した新しい本を置きに来ると、新作を楽しみに駆け付けた人がいました。

  (利用客)「レシピはどんな感じで?」
 (岩内さん)「レシピはね、今回こんな感じで。すごく書いているんですけど」

 お菓子作りが趣味で、岩内さんの本のファンだといいます。

  (利用客)「ぜひまた作らせていただきます」
 (岩内さん)「あっ、そんな、参考程度にしてください」
  (利用客)「愛のあるレシピなので、ぜひぜひ」

 岩内さんの思いが本を通じて手渡されていきます。

『HSC子育てを知ってほしい』親子がつくる小さな本箱

 書店にやってきた親子。小学6年生の岡本逸希くん(12)と、母親の岡本綾菜さん。母親の綾菜さんが去年10月から箱主をしています。
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 こちらの本箱の名前は「おかか書店」。

 (岡本綾菜さん)「息子のニックネームが岡本からとって『おかか』なので、その名前をもらいました」

 おかか書店に並んでいるのは「HSC子育て」「何かほかの子と違う?HSCの育て方」など。

 (綾菜さん)「HSCの子育てに関する本とか、自分が読んでためになったなという本を置いています」
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 HSCは「ハイリー・センシティブ・チャイルド」の略で、「人一倍敏感な子」と訳されます。音や匂いといった感覚や人の気持ちに敏感な子どものことで、学校など人の多い場所では生きづらさを感じ、不登校になってしまうこともあります。逸希くんもその1人です。
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 (綾菜さん)「小さいころからドラマや映画の内容で自分のことのように泣くとか、叱られている人を見るのが耐えられないとか、『この人は今こういうこと考えているんじゃないか』っていうアンテナをずっと張っている感じがする」
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 逸希くんは、教室の騒がしさや叱られているクラスメイトの姿を見ることなどが精神的な負担となり、小学3年生の終わりから学校を休みがちになりました。現在は週2~3回付き添い登校をしています。
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 去年10月から始めたおかか書店。この本箱に影響を受けたという人がいます。

 (岡崎智子さん)「不登校についての会には参加したことはあったんですけど、ちょっと違う感じがした。綾菜さんの本を読ませてもらったら、『うちの子もこう』『こういうことやわ』って腑に落ちることがあって」

 2人にとって、会うたびに近況を報告し合うのが大切な時間だといいます。

「お店番」を通して“逸希くんの好き”をシェア

 綾菜さんが始めた箱主ですが、この日の主役は逸希くん。箱主が書店を訪れた人を接客する「お店番」をするのです。
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 動物が大好きな逸希くん。自分で考えた動物クイズを来た人に出題します。景品は逸希くんが来た人に届けたい一言が記された「しおり」です。

 (逸希くん)「人がどのくらい来てくれるかなと緊張します」
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 少し緊張した様子の逸希くんですが、お店番が始まると少しずつ人が集まってきました。

 (逸希くん)「サイの角は何でできている?①歯、②骨、③毛」
  (利用客)「普通に骨だと思っていたけど…骨?」
 (逸希くん)「正解は毛でした」

 親子2人で作る「おかか書店」について綾菜さんは特別な思いを持っています。

 (綾菜さん)「自分に自信をつけたりとか、人に受け入れてもらって自分の居場所になったりとか、好きなことを表現できて(息子にとって)楽しい場所になっていると思います。(自身も)自分が推薦したい本を置いていろんな人に知ってもらって、かつ、そういうお母さんと集まる場を作っていきたいなと思います」
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 書店の中で広がる交流に店長の中道さんは。

 (HONBAKO 中道尚美店長)「これからも今までとある意味変わりなく、皆さんがつながり、ここで心休めていただけるような、そういうあったかいコミュニティーができるような本屋さんになっていきたいなと思っています」

 一人一人のやりたいことが詰まった書店。ここで出会えるのは本だけではありません。