2022年の年末、大阪府堺市で酩酊状態で車を運転し、夜間パトロール中の男性4人をはね、2人を死亡させたとして危険運転致死傷の罪に問われている男にあす9月29日判決が言い渡される。これまでの裁判で男は、“事件を起こしたのは飲酒の影響ではない”と起訴内容を否認している。突然夫を失った妻2人が、法廷で痛切な意見陳述を行った。

年末パトロール中の惨劇 飲酒運転で暴走 運転の男は事件前に“ハシゴ酒”

去年12月27日深夜、堺市中区の住宅街の道路で、夜間パトロールをしていた男性8人の隊列に、1台の車が時速60km以上のスピードで突っ込んだ。車は4人をはね、村上伸治さん(当時47)と山中正規さん(46)が頭の骨を折るなどして死亡した。

現場は見通しのいい、片側1車線の直線道路。安全運転をしていれば事故など起きるはずがない場所だった。車を運転していたのが堺市中区の建築業・猪木康之被告(49)である。被告は事件を起こす前に大量に飲酒していた。

これまでの裁判で、猪木被告はまず1軒目の居酒屋で生ビール1杯・ハイボール3杯、さらに焼酎を口にしたことが判明。続いてカラオケスナックに場所を移し、ハイボールを2杯飲んだ。スナックの近くの防犯カメラ映像には、『千鳥足で駐車場に向かう』猪木被告が映っていた。

猪木被告「電柱か何かにぶつかったと思った」

いかにアルコールの影響下でハンドルを握っていたかは、逮捕された直後の供述が物語っている。

猪木被告「電柱か何かにぶつかったと思った。」

衝突した相手が人だという認識すらできていなかったというのだ。猪木被告の逮捕容疑は、過失運転致死傷とひき逃げだったが、検察は大量の飲酒をしていた事実を重く見て、危険運転致死傷罪に“格上げ”して起訴した。一方で、供述の通り、被告には人をはねた認識がなかったと評価された結果、「ひき逃げの罪は不起訴」となった。何という皮肉だろう。

「事件がお酒の影響かは分からない」起訴内容を否認

今年3月から始まった注目の裁判。罪状認否で被告はこう述べた。

猪木康之被告「お酒を飲んで帰ったのは間違いない」「(事件を起こしたのが)お酒の影響だけだったのかは自分では分からない」

弁護人も「被告は自らが酩酊状態という認識はなかった」などとして、危険運転致死傷罪は成立せず、過失運転致死傷にとどまると主張している。

その後の公判では、猪木被告が飲酒運転で約10年前に罰金刑を受けたものの、その後も常習的に飲酒運転していたことが明らかになった。しかし猪木被告は、今回の事件について、「当時はそこまで酔っていなかったと思う」と、重ねて飲酒の影響を否定した。

また、被害者の死因を訊ねられた際にも正確に答えられなかった。自らが起こした重大な結果に、真摯に向き合っているのか…遺族らからは疑う声が上がっている。

地元で愛された2人 “事件当夜、引き留めていたら”

亡くなった村上さんと山中さんは、町内会の活動に熱心に参加し、地元から愛された人だった。週末には子どもたちのソフトボールの指導に汗を流していた。今年1月に開かれた「お別れの会」でも、会場を大勢の人が埋め尽くした。

町内会長「最後の日に2人と話したんですが、その時の会話が、『うちの(ソフトボールの)子どもらが堺で一番になったんですよ。で、お願いがあるんですよ。優勝カップを置く台を用意してくれませんか』と。『そうなんや、堺で1番なんか!年が明けたら(大阪・なんばの)道具屋筋に行こな。ええのあるんちゃうか。見に行ってくるわ』というのが最後の会話でした… 村上君、山中君、ほんまにごめんな…」

地元の人「(事件当夜も)出ていく10分前まで色々話をしていました。時間になったしそろそろ(パトロールに)回ってきますわ、って言ったんですね。なんであの時に『寒いし、もう1杯飲んでいけや』と言ってあげられへんかったんかな。そこで、そこで止められていたら、あんな事故に遭えへんかったんかな…そういうことが僕の中では…」

遺族が痛切な意見陳述 “主人は娘と一緒にバージンロードを歩きたかったでしょう”

今年8月に開かれた公判。被害者参加制度を用いて、遺族が意見陳述を行った。

山中正規さんの妻 「現場に駆けつけるとテレビの中のような光景が広がっていました。たくさんの血を流している主人がいました。『早く起きてよ』と何度も叫びました。主人が亡くなった世界は地獄のようです」

「(猪木被告の方にはっきりと顔を向けて)裁判で主人の死因を答えられなかった被告人に教えます。死因は、頭蓋骨を折り、自らの血を大量に吸引したことによる窒息死です…」

「主人は一家の大黒柱として、仕事が忙しい中でも時間を作ってくれました。娘と一緒にバージンロードを歩きたかったでしょう。彩り豊かな結婚生活は、たった13年で終わってしまいました」

「被告は遺族が謝罪を受け入れてくれないと言いますが、謝罪を受け入れない最大の原因は被告自らの言動だと、なぜ分からないのでしょうか。更生など1ミリも期待していません」

村上伸治さんの妻も意見陳述を行った。

「どれだけ会いたいと願っても、いまは写真の彼しか見られません」「死に際には立ち会えませんでした。1秒でも早く駆けつけたかったです。遺体は口から血が流れていました。日付が変わる時間帯には今も思い出します」

「彼がいない家は今ではシーンとしています」「子どもたちは食事の際に『父さん、一緒にご飯食べよう』と、食卓の真ん中に写真を持ってきます。『父さんがおったらな…』と突然泣き出すこともあります。子どもの涙を見ることほどつらいことはありません」

「裁判で被告が反省しているか確認したいと思っていましたが、誠意は感じられませんでした。被告は命の重みを知って、自分のしたことを顧みてほしい」

2人は証言台の前で、嗚咽しながら陳述した。傍聴席のあちこちで、すすり泣く声が聞こえた。

検察側は懲役12年を求刑「酌量の余地は一切なく」

検察側は「何の落ち度もないのに、妻子ある身で亡くなった2人の無念さは察するに余りある。経緯に酌量の余地は一切なく、交通法規に対する規範意識が欠如している。飲酒運転を常習的に行っていて、再犯のおそれも極めて高い。一般予防の観点からも厳罰が必要」として、懲役12年を求刑した。

結審の日、裁判長が猪木被告に最後の陳述の機会を与えたが、被告の言葉は淡白だった。

裁判長 「最後に述べておきたいことはありますか?」
猪木被告「今回このような事件を起こしてしまい、申し訳ございません」
裁判長 「以上ですか?」
猪木被告「以上です」

判決は9月29日、大阪地裁堺支部で言い渡される。
(MBS司法担当 松本陸)