水俣病の患者が初めて公式に確認された1956年(昭和31年)から67年が経過したきょう、大阪地裁で判決が言い渡された。国の認定や救済を受けられず苦しんでいる人たちが「水俣病は終わっていない…」と望みを託した司法。大阪地裁の判断は、原告128人全員を「水俣病」と認め、国などに計3.5億円の支払いを命じるものだった。

2009年に特措法成立も…救済から“漏れる”人々が生まれた

水俣病は、工場廃水に含まれるメチル水銀化合物に汚染された魚介類を、日常的に食べた人々が罹患した神経系疾患で、4大公害病のひとつ。熊本県水俣市の「チッソ」(旧:新日本窒素肥料)水俣工場からの廃水が八代海に流出したことで、沿岸住民など多くの人が罹患した。

2009年に「水俣病被害者救済特別措置法」(特措法)が成立して未救済の被害者に、一時金や療養費を給付するという救済措置がとられ、熊本県では約2万3千人が給付対象になった。しかし申請が2012年7月末で締め切られたため、制度を知らず申請できなかった人が生じた。申請はしたが、症状の基準や居住地が対象外との理由で認められなかった人もいる。

《手足のしびれや感覚障害、耳鳴りなどに苦しむ原告ら 文字を書けず“指をケガしている”と嘘…》

裁判の原告は、1940~60年代に熊本県と鹿児島県の八代海一円に住み、その後、集団就職などで近畿圏等に移住した男女128人。その約3割は、特措法の救済措置を申請したが対象と認められなかった人。約7割は情報不足などで期限までに申請を行えなかった人たちだ。

原告は、激しいけいれんといった“劇症型”症状ではなく、手足のしびれや感覚障害といった“慢性的”な症状に苦しめられている。大阪府内に住む前田芳枝さん(74)は、手のふるえや感覚障害などに長年苦しんできた。

「『指をケガしているからペンが持てないんよ、だから悪いけど書いて』と、嘘を言って人に書いてもらう。つらかったですよ、嘘までついて。そう言わざるを得ない人生で今まで来たわけなんです」

県外在住ゆえに・・・同窓会で水俣病の症状と知ったケースも

熊本・鹿児島の県外に居住していたことなどから、症状は自覚していても、水俣病だと知るまでに時間を要したケース、同窓会で初めて水俣病の可能性を認識したケース、家族内で水俣病の話題が“タブー”とされ、救済措置について教えてもらえなかったケースなどがあるという。

原告らは、「八代海一円での居住歴や魚介類の摂取歴、症状などから、水俣病に罹患しているのは明らか」とした上で、「原因企業のチッソに損賠責任があるのは当然の上、被害を防ぐために規制権限を行使しなかった国や熊本県も責任を負う」「特措法は対象地域などの不当な線引きにより被害者を切り捨てている」と主張して、慰謝料など1人あたり450万円の賠償を求めていた。

国や熊本県「除斥期間の適用を」など主張

一方、国や熊本県は「原告らが依拠する『慢性水俣病』という概念は、医学的な知見としてコンセンサスが得られていないので、水俣病の認定判断に用いられるべきではない」「そもそも原告らの主張や立証では、水俣病発症に至るメチル水銀曝露があったとも認められない(居住歴だけでは不十分である)」として、「いずれの原告も水俣病に罹患しているとは言えない」と主張。

また、仮に罹患しているとしても、不法行為から20年が経てば賠償請求権が消滅する法規定(いわゆる除斥期間)が適用されるべきと訴えた。

裁判は、提訴から約8年を経て去年12月に結審。原告側が提出した最終準備書面は、全部で2000ページを超えた。結審前には裁判官らが貸切の船で八代海を視察する異例の「現地進行協議」が行われた。

大阪地裁「128人全員を水俣病と認める」

9月27日の判決で、大阪地裁はまず、「特措法の対象地域に含まれていないエリアでも、八代海で摂れた魚介類を継続的に多食したと認められる場合には、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認したのが合理的」などとし、特措法の線引きの不当性を認めた。

そして「慢性水俣病」という概念を認めた上で、原告らの症状の原因はメチル水銀摂取以外では説明できないため、「原告全員が水俣病に罹患している」と認定した。また、国や熊本県が一部の規制権限を行使せず、賠償責任があることも指摘。

その上で、国側が除斥期間の適用を求めていた点については、メチル水銀曝露から長期間が経過してから、典型的な症状が現れるケースも少なくない点などを踏まえれば、「除斥期間の起算点は、原告らが神経学的検査で水俣病と診断された時点」であり、「原告らに除斥期間が経過した人=賠償請求権が消滅した人はいない」と判断した。

そして大阪地裁は、原告128人全員に慰謝料など275万円を支払うよう命じた(※122人は国・熊本県・チッソが賠償責任/6人はチッソのみが賠償責任を負う)

判決を受け、言い渡し後には傍聴席からは拍手が起きた。そして大阪地裁の外で待つ原告らのもとに「勝訴」の旗が掲げられた。同様の訴訟は、熊本地裁と東京地裁、新潟地裁でも起こされている。初の司法判断が全国的に注目される中で、大阪地裁は原告全員の訴えを認める判決を言い渡した。

弁護団「判決は、患者切り捨てを厳しく断罪したもの」

判決を受けて弁護団らは会見を開いて、「正直かなり厳しい訴訟で、これほど認められるのは初めて、非常に画期的な判決だと思っている」と話した。同時に声明を発表し、「患者切り捨てを厳しく断罪したものであり、全国で闘われているノーモア・ミナマタ第2次訴訟の先陣をきる判決として、未救済原告を励まし、全ての被害者の救済に向けて大きな一歩を踏み出すもの」と評価した。

原告の一人、前田芳枝さん(74)は、「9年余りできる限りのことをしてきた。本当に嬉しくて嬉しくて…」と涙ぐみ、現地を訪れた裁判所関係者にも感謝の言葉を述べた。

一方の被告側。環境省は「判決の詳細は把握していませんが、国の主張が認められなかったものと承知しております。今後判決の内容について精査し、関係者と協議しつつ対応を検討してまいります。」

熊本県は「判決の詳細は把握していませんが、これまでの国、県の主張が認められなかったものと承知しています。判決内容を精査した上で、対応について検討して参ります。」

『チッソ』は、「判決内容を精査しているところなので、現時点でコメントはできない」とそれぞれコメントしている。