奈良と和歌山を結ぶ日本一長い路線バス、奈良交通の「八木新宮線」。高速道路を使わない路線では走行距離が日本一の長さで、全長169.9kmです。停留所は168か所、約6時間半かけて走行。一体どんな人が、どんな目的で、どこへ向かうのでしょうか。この路線バスの1日を定点観測しました。
スタート地点・大和八木駅を出発 『日本一長い路線バス』の旅
午前8時。路線バスに30年以上乗り続けているベテラン運転手の間野泰博さん(57)が、営業所でバスの確認作業を行っていました。
(奈良交通 間野泰博さん)「ホイールを叩いて、振動と音で緩んでいるかどうかを確かめている」
午前9時15分、バスが大和八木駅(奈良・橿原市)にやってきました。出発地点のここから乗車したのは15人。日本一長い路線バスの旅がスタートです!
(アナウンスする間野さん)「これより終点・新宮駅までの約6時間30分、安全運転で運行いたしますのでどうぞよろしくお願いいたします」
乗客はどこへ向かうのでしょうか。話を聞いてみました。
「きょうは忍海の駅までカラオケに行くところ。向こうに5~6人おりますねん。1週間に1回くらい、みんなで歌い合いをする。(Q十八番は?)山本譲二」
出発地点から30分ほど離れた忍海にあるカラオケ喫茶へ。このあと、仲間と一緒に5時間熱唱したそうですよ。
家族旅行中に“別行動”で乗車した学生…その目的は?
始発から乗車した高専2年生。家族旅行中にもかかわらず、どうしても1人でこのバスに乗りたかったんだとか。
「十津川村とかを走るので車窓を見たり。路線バスとしてはシートがよくて乗ってみたいなと思ったので。(Q細かいところを見ていますね?)機械とかに興味があったりするので」
実は、去年ロボコンで全国優勝を成し遂げた奈良高専に通い、自身も高専ロボコンに出場。昔から乗り物も好きで、この路線バスの設備に興味を持ち乗車。終点・新宮駅(和歌山・新宮市)まで向かうようです。
6時間半走るため『終点までに3回の休憩』
出発から約1時間がたった午前10時30分、41個目の停留所・五條バスセンター(奈良・五條市)に到着。するとお客さんがぞろぞろとバスを降りていきます。
(奈良交通 間野泰博さん)「トイレ休憩ですね。3回休憩があるんですけど、そのうちの最初の1回です。(Q路線バスなのにトイレ休憩?)6時間半走るので2時間に1回は休憩します」
実はこの路線バス、距離が長すぎるため終点まで3回、計40分の休憩がとられるんです。
その後、しばらく走るとバスは山の中へ。このバスを長年運転し続けてきた間野さんならではの、こんなアナウンスも。
(アナウンスする間野さん)「この対岸のがけ崩れは12年前の水害の時に起こったものです。大量の土砂が川を越えて、いま走っているこの辺りまで埋まりました」
「時間内に戻られないお客さまは、ここが好きになったと判断して、おいていきます」
奈良観光にやってきた男性に話を聞きました。行き先は?
「行き先は谷瀬の吊り橋。すごいなと思って。地元の人は生活の橋だと聞いたのですごく興味があって」
出発から約3時間。吊り橋のある上野地(奈良・十津川村)に到着しました。
(アナウンスする間野さん)「28分に発車いたしますので、時間内に戻られないお客さまはここ上野地が好きになったと判断させていただきまして、おいていきますのでご注意ください」
生活用としては日本一長い「谷瀬の吊り橋」。長さ297m・高さ54mもあります。
先ほどの男性もゆっくり吊り橋を渡っていきます。
「結構揺れますね…。ちょっと怖いです」
乗客が観光を楽しむ中…運転手の間野さんはこの時間を利用して急いで昼食をとります。
『2泊3日の歩き旅』を天候で断念…偶然バスを見つけて乗車
休憩を終え、再びバスは山道へ。すると、午後0時40分、大きな荷物を持った2人の男性が乗車してきました。
「前日から山に登って伯母子岳の山小屋で1泊して、きょうは朝7時に下山してここにきたという感じです」
「熊野本宮大社まで行きたかったんですけど、天候のせいで無理だったので…」
実はこの2人、高野山(和歌山・高野町)から熊野本宮大社(和歌山・田辺市)まで2泊3日かけて歩いて旅する予定でしたが、これからの天候を考え、30kmほど歩いた場所で泣く泣く断念。
「なんとなく歩いて、耐えた、セーフと思いバスに乗り込んだみたいな感じです。これ逃したら次は午後5時(4時間後)かと思ってやばかったなと言っていました」
偶然見つけたバス停でたまたま乗車できたようです。大変な思いをしてでも山を登り続ける理由は?
「登ったり下ったりした後に山の風景がぶわーって広がったりとか、下った後に川が流れていたりするとめっちゃいいなって。そういうのに心洗われながら、しんど、うわ~、しんど、うわ~みたいな感じが続いて山登りが好きになった感じです」
旅行中の4人組 目的は参拝と…男同士の飲み会!
続いて話を聞いたのは、会社の先輩・後輩で旅行中の4人組。目的地は熊野本宮大社です。
「熊野本宮大社はご利益があるんじゃないかなと思ってよく来ます」
参拝とは別に楽しみにしていることも。
「お約束の飲み会、それも楽しみということです。嫁がもう一緒に遊んでくれませんので、男同士、年をとるとこんな感じになると思います」
出発から約5時間。日本一の高さを誇る大齊原の鳥居のそばを通り熊野本宮大社へ。
4人は参拝後、新宮へ移動し、地元の居酒屋で新鮮な魚をあてに飲み放題の宴会を楽しんだそうです。
長時間の移動で少しお疲れ気味の男性がいました。どこへ行くのか聞いてみると…。
「川湯温泉(和歌山・田辺市)に行きます。去年姉さんが行ったから、私も行きたいです。(Q温泉が好き?)はい、めっちゃ好きです」
フランスから語学留学で日本にやってきたそうで、滞在中はいろんな温泉を巡りたいんだとか。
終点・新宮駅に到着!始発から乗っていた学生「意外と大変ではなく、おもしろかった」
出発から約6時間。乗客はほとんどいなくなりました。
そして、午後3時47分、終点の新宮駅に到着しました。
(アナウンスする間野さん)「6時間30分、ご乗車されたお客さま、本当にお疲れさまでした。新宮行き特急バスをご利用いただきまして誠にありがとうございました」
始発から乗り合わせていた高専2年生は…。
「意外と大変ということもなく景色とかいろいろ見られておもしろかったなと思います。(Qこのあとは?)家族と合流します。あんまり何するか覚えていなくて。これに乗ることに夢中だったので」
乗車時間は6時間半。この日利用した乗客35人の思いを運び、奈良と和歌山を結ぶ日本一長い路線バスの一日が終わりました。