日本で唯一「クジラに出会える海水浴場」が和歌山県太地町にあります。ここでは一般の人がクジラと一緒に泳ぐことができるイベントが大人気になっています。そこでクジラを誘導するという重要な役割を担った新人トレーナーのデビューまでの道のりに密着しました。

「クジラ浜」で活躍するトレーナー…先輩の大事な教えは『動物を最優先に考える』

 夏本番、多くの人で賑わう海水浴場。和歌山県太地町では日本で唯一の特別な体験ができます。それはクジラと一緒に泳ぐこと。「クジラの町」太地町ならではのイベントで、毎年約1万人が「クジラ浜」を訪れます。
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 間近でクジラを見られる、この特別な体験の要になるのがクジラを誘導する「太地町立くじらの博物館」のトレーナーです。入社2年目の新人トレーナー・玉澤英怜奈さん(21)。今年イベントにデビューし、クジラを誘導する重要な役割を担います。
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 午前8時、トレーナーの仕事はエサの準備から始まります。

 (玉澤英怜奈さん)
 「冷凍のエサはどうしても冷凍している間に水分が抜けてしまうので、それを補うために補水といって水を入れています」

 ここで飼育しているクジラとイルカは100頭以上。1日に食べるエサの量は計1.5トンにのぼり、朝から重労働です。
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 ボートに乗って向かった先は森浦湾。ここでクジラとイルカが暮らしています。飼育の中でも重要なのが健康チェック。お腹が水面に上がるように誘導し、肛門から体温を測ります。動物と信頼関係を築き、気持ちを通わせることができないと、安心して身体を預けてくれません。
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 玉澤さんも健康チェックをしようとしますが…、一度は玉澤さんのもとにやってきてくれましたが、すぐに離れて行ってしまいました。
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 トレーナー歴15年の富田史明さん(34)から厳しくも愛のある指導が飛んできます。

 (玉澤さんに指導する富田さん)
 「今のも寄せるなら寄せるでもっとしっかり手で寄せるか自分が下がるか。中途半端に指示出しちゃダメ。サイン、真横じゃなくて前。動きがぎこちない。要練習だね」

 (富田さん)
 「(Qトレーナーにとって大事なことは?)動物のことを最優先に考えて、動物のことを一番大事に考えてあげることかなと思います。まぁ愛ですね。僕らは動物の命を預かっていますので、僕らがそこで手を抜くことはできませんね」

幼いころに見たイルカショーに感動『本当に会話しているように見えた』

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 エサやりなどを終えるとクジラ浜に向かいます。お客さんの前で泳ぐのは、イベント歴8年目のハナゴンドウという種類のベテラン・サツキ(推定14歳)と、今年デビューしたばかりのスミレ(推定4歳)の2頭です。

 デビュー前の玉澤さんは、イベントが始まると先輩が誘導する様子をじっと見つめ、時にはその姿を撮影します。

 (玉澤英怜奈さん)
 「人の間を縫いながら動物もちゃんとついてきて誘導していて、すごい」
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 玉澤さんは東京都出身。現在は親元を離れて太地町の寮で生活しています。幼いころに水族館で見たイルカショーに感動してトレーナーを目指しました。

 (玉澤英怜奈さん)
 「(動物とトレーナーが)本当に会話しているように小さいころに見えて、すごくかっこいいなと思って。それを通してイルカが住んでいる海とか環境とかにも興味を持っていって。私が見て思ったようなことをみんなに伝えていけたらなと思います」

デビュー前日…休みの日にもかかわらず『4時間の自主練』

 デビュー前日の7月24日、玉澤さんの姿はクジラ浜にありました。この日は休みだったにもかかわらず、いてもたってもいられず自主練に来ていたのです。イベントの合間を縫って練習を繰り返します。しかし、カヤックに乗って、エサの箱を持ってシミュレーションしますが、パドルがうまく水面を掴めない場面も。
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 (富田さん)「水面をかすることがよくあったけど、進もうと思ったらぐっと入れた方がいいし、ちょっとっていうときは入れない方がいいし。その辺はさじ加減」
 (玉澤さん)「はい」

 休み返上で4時間。本番に向けて最後の最後まで動きを確認し、この日の練習を終えました。カヤックに乗ってクジラを誘導するのは翌日のイベントが初めて。不安と期待が入り交じります。
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 (玉澤英怜奈さん)
 「うまくできるのかなという不安と、去年先輩がやっているのを見て、今日も見て、やりたいという思いはあったので。今年やらせてもらえるということはとてもうれしいなと思っています」

デビュー当日…果たしてクジラと心を通わすことはできたのか?

 デビュー当日の7月25日。

 (玉澤さん)「(Q寝られましたか?)全然…。3時間…」

 深夜にイルカの体調が急変して急遽出勤したこともあって少し寝不足です。この日、玉澤さんは午前午後の2回イベントを担当します。
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 (玉澤さん)「皆さん、こんにちはー!本日はクジラ浜海水浴場へお越しいただきありがとうございます」

 アナウンスが終わると来場者の期待も高まります。

  (来場者)「何クジラですか?」
 (玉澤さん)「ハナゴンドウっていう種類のクジラです」
  (来場者)「小さいけどこれで成熟?」
 (玉澤さん)「そうですね。成熟はしている個体なんですけど、大体今3mちょっとあります」
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 そしてカヤックを漕ぎ出します。うまく誘導できるのでしょうか。

   (先輩)「風あるから頑張って」
 (玉澤さん)「はい、ありがとうございます」

 しかし、クジラが離れてしまいうまくいきません。先輩がすかさず指示を送ります。徐々にペースを掴みクジラとの息も合ってきました。

 (玉澤さん)「今ここの下の方を泳いでいます。今ここに来ました」
  (来場者)「この子はなんていう名前なんですか?」
 (玉澤さん)「この子はサツキという名前の女の子です。サツキちゃん」

 (来場者)
 「こんな近くで見られるとは思っていなかったのですごくよかったです」
 「お姉さん(玉澤さん)がみんなの間とか行ってくれて近くに来てくれて。自然にいてるのかなと思ったけど連れて来てくれるからすごく良かったです」
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 来場者の反応も上々です。でも課題もまだまだあるようです。

 (玉澤さん)「(クジラが)エサを全部食べなかったです」
 (富田さん)「愛が足りやんな、愛が足りないわ」
 (玉澤さん)「すみません…」
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 憧れのトレーナーへの道のりはまだ長いようですが、無事デビューの1日を終えることができました。

 (玉澤英怜奈さん)
 「お客さまが楽しかったとか、かわいいと言ってくれたのを聞いて、飼育員になれたんだなという実感が湧きました。(Q子どものころに憧れていたトレーナーに近づけましたか?)一歩近づけたかなと思います」