「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、2025年に開催予定の大阪・関西万博。そもそも大阪に誘致したのは…かつて「大大阪」と呼ばれ、東京を凌ぐ世界都市としての経済力を誇りながら、いま低迷を続ける大阪・関西の復権をこの万博に賭けているからだ。国もまた、万博という国際イベントの成功に躍起だ。ところが開催まで2年を切り、「お金が集まらない」「パビリオン建設が間にあわないかも」といった後ろ向きな話が、にわかに聞こえてきた。万博のパビリオン建設をとりまく最新情報を現場からリポートする。

第一章「やりたくないが本音」 ゼネコンは悲鳴

万博の象徴、万博の華といえば、国の文化や技術を紹介する展示施設「パビリオン」。7月28日の午後、海外パビリオン・タイプA、第一号の申請が韓国からあった、ようやくだ。パビリオンの出展には3タイプあって、

・ 各国が費用を負担して独自で建てる「タイプA」
・ 万博協会が建てた施設を引き渡す「タイプB」
・ 施設の一部区画を貸し出す「タイプC」

 目玉となるのはやはり、各国が個性的なデザインなどで、建物そのものが展示物となる「タイプA」。関係者によると、中国やオランダなど約50の国と地域から出展が見込まれるとしながらも、つい最近まで、実際の申請が「ゼロ」という状況が続いた。

 その背景は、パビリオン出展国と日本国内のゼネコンの間で調整がうまくいっていないことだという。あるゼネコン関係者は話す。「請け負っても、何のプラスもない。首を絞めるだけ。正直なところ、どこもやりたくないのが本音なんですよ」いったいどういうことか。

 まずは<建築予算>。資材の価格が高騰し、特にセメントや鉄鋼などは、3年前に比べ5割以上価格が上がっていて予算内では賄えない。さらに海外のパビリオンは奇抜なデザインが多く、複雑な建築が多い。資材そのものを自国から持ち込みたいというケースも少なくなく、よりコストがあがる懸念もある。しかし、お金だけの問題でもないという。

 そして<人手不足>。建築業界を支える職人などは、とにかく人が足りない。そんな中、2024年問題がじわじわ迫っている。建設業界は来年4月から原則月45時間、年360時間を超える時間外労働はできなくなる(労使で合意した場合、時間外労働は最大で年720時間)。こなせる仕事が限られるため、仕事自体を厳選しないと、やっていけなくなる。工期も短く、現地とのやり取りも言語の違いや時差などがあり、負担の大きい万博の仕事は、魅力的ではないという。

 ゼネコン関係者は言う。「50年前とは時代が違う。万博の仕事をしたからといって、名誉なことでもなければ、万が一、請け負って間に合わなければ、逆に信用問題にかかわる」

 こうした本音がゼネコンから漏れるようになったのは今年のはじめ。これと重なるように、浮上しはじめたのが、“万博延期論”だ。「建築が間に合わないから、万博が延期になる」というものだ。

 前回のドバイ万博は、新型コロナの影響で、約1年後ろ倒しにされた。果たして今回も“延期”はあるのか、あるゼネコン幹部は「延期せず、このまま万博開催を目指すなら、国内の既存事業が滞る可能性も出てくる」と危機感をにじませる。

 一方、ある財界関係者は、“延期論”について、こう持論を展開した。「パビリオン建設を押し付けられるゼネコンは、赤字覚悟で引き受けるのか、厳しい選択を迫られている。」「『延期』は、まさに国に何とかしてくれ!という建設業界の思いの裏返しでしょう」

 つまり”どこも引き受けなかったら、国も困るでしょう。しっかりサポートするなり、なんなりしてくれないと、建設業界だけでは背負いきれない”といったゼネコンの切実な訴えのあらわれというわけだ。万博延期論は、いまもくすぶり続ける。しかし延期したからと言って、1年後、2年後、現状が変わるという保証はない。ではどうやって間に合わせるのか…、万博協会・政府が動きはじめていた。

第2章 奇策「働き方改革の適用除外」

 パビリオン建設が間に合わないかもしれない…そんな中で、国の働き方改革を、政府自らが反故にする「奇策」が、博覧会協会と政府の間で協議されていた。それは、パビリオン建設工事に残業時間の規制を適用しないというもので、関係者によると、「解決策を話し合う中で、『あくまでオプションとして』残業規制の適用除外の話が上がっている」というのだ。

 さらに適用が除外される例として、災害復旧のケースを挙げ「災害復旧については2~6か月平均で80時間以内、月100時間未満が適用されない」ことも話し合いの棚に挙がった模様だ。

ところが、この件が28日に相次いで報道されると、各関係者が一気に火消しに追われた。

岡田直樹万博担当大臣は、「事務的に課題の一つとして挙がっているという段階で私から具体的に話す状況ではない」とし、”働き方改革”担当の加藤勝信厚労大臣も、「一般的に申し上げれば、緊急災害不可抗力その他客観的に避けることができない場合に限られており、単なる業務の繁忙については認められないというふうに認識をしております」と、特例として認められない見解を示した。

 政府関係者も「労働環境も考えて、バランスを考えなければいけない。関係省庁と連携しながら協議を進めていきたい。」と慎重に議論を進めていく考えを示しているが、こうした動きがあったことに対し、建設業界団体は次のように本音をにじませた。

 (建設業界団体幹部)「そもそも万博の海外パビリオンの建設は、モデル現場にしていくということで、土日も原則休みにするという指針が示されていた。それも無下にして上限適応まで除外というのは、到底受け入れられない。発注者の都合で全て変えられるのはおかしい」。開幕を遅らせることはできないが、作業員の労働環境も守らなければならない。政府は難しい舵取りを迫られている。

第3章 地元の腹の内 吉村知事の発言が急変

 開催地・大阪に目を移そう。「万博のパビリオン建設に必要な、大阪市への申請が1件も出ていない」、各社の報道が出だしたのは、今年6月末ごろからで、7月に入ると一気に報道が過熱し「万博は開催できるのだろうか」というムードが広がりはじめた。そもそも博覧会協会や政府は2021年、会場整備スケジュールとして、次のように想定していた。

・2022年中 建築確認申請など
・2023年4月 各国に土地の引き渡し、順次工事
・2024年7月 建築工事終了
(2021年3月1日 内閣官房 大阪・関西万博関係府省庁連絡会議資料より)

 つまり今の時期(23年8月)は、各国のタイプAパビリオンの建設工事が鋭意進められているはずだった。しかし、2022年中に終わらせるはずだった「建築確認申請」自体が、2023年の半分過ぎても出ていなかったわけである。こうした中、7月4日、吉村知事、松井一郎前大阪市長、角和夫阪急阪神HD会長、それに建築家の安藤忠雄氏が、極秘裏に大阪市内のホテルで会食。資材の高騰や建設業界の人手不足などについて話し合った模様だ。

 そして、”極秘トップ会談”後に大阪府の吉村知事は、「パビリオン建設を進めている」ことを強調する発言を述べている。

(大阪府・吉村洋文知事 7月6日の囲み取材で)「自国で建設するタイプについては強い後押しが必要な状況だと思っている。建築資材や人件費の高騰など今、急がなければならない。そのために何が必要か考えたときに日本の建設業界、自治体、国、府市、協会が連携して対応していくことが重要だと思う。5月末に直接岸田総理にこの課題について直接伝えた。」

 この約1週間後の定例記者会見では、”Aタイプ”のパビリオンを建てることに強い意欲を示していた。

(大阪府・吉村洋文知事 7月12日の記者会見で)「各国のタイプAのパビリオンがどういうものを表現したいのかをしっかりと表現しながらコストカット、より効率的に進めるためにどうするかを博覧会協会と国で協議して進めていくことだと。コストをいかに下げるかとか、工期を早めるだとか、技術的なやり取りはすると思うが、タイプBのやり方でするのではない。今の段階で間に合っていないということが決定しているわけじゃないから、その中であと2年弱スピード感を持って進めていこうというのが今の共通認識」

 それが一転、7月26日に真逆の発言が飛び出したのである。

(大阪府・吉村洋文知事 7月26日の記者会見で)「この国はどうも難しいんじゃないかっていうところを無理やりAタイプでっていうのを押し切るっていうのはちょっとやめた方がいいんじゃないかなと思っています」

 2005年の「愛・地球博」では、「各国が独自に建設するパビリオンは1つもなく、全て主催者側が用意した建物に各国が出展する形式だった」と、いわば”逃げ道”を示しながら、こうも述べた。

 「できないところでずっと固執して『できませんでした』というよりは、できるやり方を考えていった方がいいというふうに思ってます。明らかにこれはもう、時期的に考えて、スケジュール的に考えてあるいは準備状況を考えてこの国では無理だなという国に対してまでずっと固執するのはやめた方が万博の成功に近づくというふうに思ってます。」

 発言の急変は、何を意味するのか。この記者会見以降、記者団からパビリオン建設について問われると、「タイプAに固執しないように」「タイプAとタイプBの折衷案のようなものを考えるべき」と吉村知事は同様の発言を繰り返している。そして8月3日、記者の質問に対し、吉村知事はこう述べた。

(MBS記者)「『タイプAにこだわりすぎない』という発言、これはそもそも誰に向けた、どういった意図の発言なのか?」

(大阪府・吉村洋文知事)「現実問題、時期が十分ある時点であれば、僕もこういうことは言いません。でも、実際のトンカチの期間を考えたときに、非常にタイトになっている。これは現実、事実として直視すべきだと思います。」

(MBS記者)「先ほどの私の質問では、誰に向けた発言なのかとも聞いたが?」

(大阪府・吉村洋文知事)「柔軟に対応していくべきじゃないかっていう考え方を誰かが言わないと、時間だけが過ぎてしまいます、という考え方で、僕は伝えています。もちろん国主催の事業だから、国と協会と府市が協力していくには、やっぱりそういったことが必要だと、必要な時期だというのが考え方です。」

 府の関係者は、吉村知事の発言の変遷をこう分析する。

(府関係者)「『万博延期したらどうか』と言われているのを食い止めるためじゃないかなと。特に建設業界の人たちから出てるみたいだけど、『2025年4月にちゃんと開幕させるんだ』というのをきちんと示しているという話なんだと思う。万博を延期するなんて、しかもその理由が『パビリオン建設間に合いませんでした』って、参加を表明している海外の国に申し訳が立たんでしょ」

 さらにこの関係者は、国や博覧会協会がリーダーシップを取らないことに吉村知事が苦言を呈したいとする意図があるのではないかと見る。

「万博は国の事業なわけですよ。建設業界が苦しいと言っているなら、本来はもっと経産省とか、もっと言えば総理や官房長官クラスが、万博頑張ろうと声をあげないといけない」

 吉村知事の発言には、パビリオン建設に必要な、大阪市に対する建設許可申請が、8月3日時点で韓国のみの1件にとどまることや、費用の上振れへの強い批判、そしてそれに抜本的な対策を見いだせない国や博覧会協会に対する地元の焦りがにじむ。「万博の華」であり、各国独自の創意工夫が見られるはずのパビリオンは、果たしてどんな姿になって開幕を迎えるのだろうか。

(大阪・関西万博取材班 中村真千子 尾藤貴裕 清水貴太)