神戸・三宮にある地上と地下街を結ぶ出入口。地元の人たちからは通称「ガリバートンネル」と呼ばれていて、昭和の雰囲気が漂う不思議な魅力に包まれた隠れた名所です。今回、このガリバートンネルを定点観測。行き交う人たちからは様々な声が聞かれました。

「不思議な空間だなと思って」アーチ型の建造物

 7月7日。午前7時、神戸の街が目を覚ましました。通勤ラッシュの始まりです。いつもと変わらない表情の神戸の街。そんなJR三ノ宮駅前の大通りにひっそりと地下道の出入口があります。アーチ型のコンクリートでできた建造物。朝早く、足をとめる人がいました。話を聞いてみます。
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 「私も通勤でいつもここを通るんですけれども、気になっていたんですよ。不思議な空間だなと思って。ここら辺の景色を見るのが大好きなので、それで見ていました」

 地元では「ガリバートンネル」と呼ばれています。トンネルに入ると、人がすれ違うのがやっとという狭さ。抜けた先は三ノ宮駅やレストラン街へとつながる地下道です。

再整備のため閉鎖が決定…別れを惜しみ写真撮影する人たち

 午前8時、地下道にはオフィス街に向かう人たちの姿がみられます。しかし、ガリバートンネルを使う人は多くありません。

 通勤ラッシュが落ち着いたころ、カメラを向ける人に出会いました。

 「東京から来ました。(Q神戸に観光?)はい、観光で来ました。(Qなぜ写真を撮っていた?)もう通れなくなる、なくなっちゃうと聞いて。モダンな形というか変わった形をしていますよね。珍しい。けっこう目をひきますよね」

 このトンネルは三ノ宮駅周辺の再整備で2023年11月に閉鎖が決まっています。それを知った人たちが別れを惜しんで見に来ていたのです。
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 「なくなっちゃうから、買い物がてら撮っておこうと思って。私も前から通っていて、何なんだろうなと思って。昔の防空壕のあとかなと思って。通路としてつくられたと聞いて。(Qよく使っていた?)しょっちゅう。さんちか(地下街)にあるいかりスーパーに買い物に来ていたから」
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 トンネルの前でポーズを決める人は…。

 「韓国から来て、きのう大阪で1泊して旅行で来ました。(Qなぜ写真を撮っていた?)超かわいいなと思って。『すずめの…』ってアニメがあるじゃないですか?それを表現したいという気持ちで写真を撮りました。(Q『すずめの戸締まり』?)それそれ!」

 韓国でもヒットした「すずめの戸締まり」。映画に出てきた扉を思い出し、偶然、写真を撮りました。でも、神戸観光の目的は神戸牛のランチです。

名前の由来は“ドラえもんのひみつ道具”

 この日は日傘をさす人もいる汗ばむ陽気。こちらの2人は…。

 「たまたま通りかかって、最後に通ろうと思って。(Q通ってどうだった?)ドラえもんの道具みたい。ちょっと惜しいよね」
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 ドラえもんのひみつ道具に例えた女性。このトンネルがガリバートンネルと呼ばれるようになったのは、横から見るとよくわかります。メガホンのように先が細くなっていて、大きいほうから小さいほうに出ると体が小さくなるドラえもんのひみつ道具『ガリバートンネル』にそっくりだと親しまれてきたのです。
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 昼下がり、トンネルを下りてきたのは、近くに住む84歳の男性。

 「(Qよく使う?)めったに通りません。(Qきょうはなぜ通った?)間違えて入った。この上はしょっちゅう通るので、ここは古いトンネルだなと思って入ってみたんですよ」

 病院から歩いて家に帰る途中、ふと迷い込んだように入ったそうです。

 「(Qトンネルは築90年になるが…?)あ、そんなになるんですか。戦前ですよね、私が昭和14年(1939年)生まれですからね。アーチがコンクリートで、いかにも戦前の建物という感じでね。キラキラしていなくていいですよね」

「たまに涼む。穴場やね」「古き良き時代を残してほしい」

 2023年、ガリバートンネルは90歳を超えました。阪神電車三宮駅の地下化や、そごう神戸店が開業した昭和8年(1933年)にはすでにあったそうです。
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 元々、ガリバートンネルは全部で4か所。戦後、多くの車が行き交うようになった大通り。駅に降りった人たちは横断に安全な地下道を使い、ガリバートンネルから出て市電の停留所やそごうへ向かったのです。

 いま残っているトンネルは1つ。かわりゆく神戸の街を見つめてきました。
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 午後5時、トンネルの階段に腰をかける人が…。声をかけてみました。

 「この辺は休むところがないから、ここやったらちょっとね。けっこう涼しいんですよ、ここ。風が熱風がないですから、たまに涼んでいます。穴場やね、私らの言う。(Qすごくいい風が来ますね?)来るでしょ、けっこう涼しいんよ。一服するのにいいですよ。路地の風がね、風流な感じでしょ」

 買い物のあと、階段で夕涼みをしていたこちらの女性。時々、ここで荷物を整理して一服するんだそうです。

 「(Q何を買った?)きょうはね、うなぎがおいしいところあるから、そこでうなぎを食べて、そして買い物して、あしたのお弁当のおかずを買って帰る途中です。もう70歳を過ぎました。自分のためにね、足の運動のために。やっぱり活気があるじゃないですか、三宮は。だからたまに来ています。ゆっくり歩いて」

 暑さをしのいだ女性。ゆっくりと家路につきました。
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 夕方、熱心に写真を撮る女性がいました。

 「(Q通勤?)きょうはお買いものなんですけど、職場はこちらのほうで。きょうは仕事が休みで、おでかけして買い物して。もしかして、もうすぐなくなっちゃうのかなと思って。(Q昔からトンネルは知っている?)知っています」 

 ヨガのインストラクターをしている生まれも育ちも神戸だという女性。このトンネルを見ると少女時代がよみがえるそうです。

 「もともと六甲だったんですけど、生まれが。だから小さいころに母とそごうへ行く時に通ったという思い出があります。子どもなのでいろいろ歩きたかったりするじゃないですか。なんか周りがどんどん開発されていく中で、古き良き時代を残してほしいとすごく思います。なくなっちゃうんですかね…」

 神戸の街がどんなに変わっても思い出が色あせることはありません。

世代を超えて“青春時代”を包み込む

 日が暮れるとトンネルを使う人はますます少なくなりました。地下道を歩く人もほとんどいません。そして、トンルの扉が閉められる15分前の午後10時45分、静まり返った地下道で5人組に出会いました。

 (取材班)「きょうはどういったことが?」
  (父親)「きょうは息子の彼女の初お披露目」
  (母親)「一緒にごはんを」
  (父親)「すごく幸せな」
 (取材班)「どんな気分でした?」
  (母親)「楽しかったですよ。おいしかったしね」

 大学生の2人は交際して7か月。彼女を囲んだ食事会を終えて電車で帰るところでした。

   (取材班)「きょうはどうでした?」
 (息子の彼女)「最初はめっちゃ緊張したんですけど、めっちゃ楽しかったです。
   (取材班)「何を食べました?」
 (息子の彼女)「韓国料理を食べに行きました」

 若いカップルを応援するご両親。自分たちと重ね合わせます。当時を懐かしみ、息子たちと一緒にトンネルを上がります。

 (父親)「若いころ使っていたんちゃう」
 (母親)「あんまり意識したことはない」
 (父親)「結婚する前に」

 七夕の夜。トンネルは大学生カップルとご夫婦の青春時代を温かく包みこむようです。

 (息子)「知らなかったんで、この通路のことを。きょう知れてよかったです」
 (父親)「いい思い出になった」

 最後はみんなで記念撮影。
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 神戸に住む人たちの営みを静かに見守ってきたガリバートンネル。午後11時、トンネルの扉が静かに閉まりました。